静岡県立こども病院遺伝染色体科
小児科医師、臨床遺伝医 長谷川知子
赤ちゃん誕生おめでとうございます。
赤ちゃんが
どんな病気をもって生まれたのであっても、その生
命は尊いものです。ダウン症だからといっても育て
るのが特別たいへんというわけではありません。ど
の子だって育てるには手をかけないとならないでし
ょう。一緒に遊ぶこと、いつも見守っていること、
生活のしかたを教えること、悪いことをしたら叱る
こと、これはダウン症の子でも同じです。ただ、ダ
ウン症の子では普通より時間がかかることが多いの
です。親ごさんががんばらないとならないときもあ
りましょう。それは、合併症の治療が必要なときや、
学枚に入るときかもしれません。でも、育てるコツ
がわかれば決して難しいものではないと、多くの親
ごさんたちも言っています。「構えないで、ただち
ょっと丁寧に育てればよいのです」と、ある青年の
お母さんが教えてくれました。それに『育てていて
楽しい子』と皆さん言われます。わからないことや
心配事は一人で迷うわないで、上手に育てておられる
お母さんたちに訊いて安心していただき、わが子に
合った育てかたを見つけてください。
診断名を知らされたときは心に傷を受けて当然で す。そして驚き、疑ったり、滅入ったりなど、心は 揺れ動くでしょう。傷を回復させて二次傷害を作ら ないためには、心を支えてくれる人が必要です。し かし、心の傷の大きさは、今までの人生経験や考え かたにも関係があります。これからの世界が変わっ てしまうのかと不安に思われるかもしれません。で も実際には、人生がこれで悪い方に変わってしまう ことはまずありえないことなのです。ただし、今ま で「こうでなければならない」という考えをしがち だった人には、世の中がもっと広くてよいことがあ るということも知っていってください。考えを広げ て、心を柔らかくもみほぐしていくほうが、傷は早 く回復するのです。「障害をもつことが不幸なので はない、不幸と思わざるをえないことが不幸なのだ」 と言われます。お母さんだけでなくお父さんも、辛 い気持を誰にも言えす悩んでいたり、仕事などに逃 げてはよくありません。家中皆が幸せになるように、 家族で語り合い支え合ってほしいのです。
これはほとんどの人にとって未経験のことですか ら、担当医の最初の説明ですペてが理解できなくて 当然です。ご家族の方は遠慮しないで、いつでも納 得がいくまで質問しましょう。ただ、医師にもそれ ぞれ専門や得手不得手があります。臨床遺伝専門の 医師などに相談したり、看護婦・心理士・ソーシャ ルワーカー・保健婦などでダウン症についてよくわ かっている人との協力関係をつくり、信頼関係のな かで気軽に話し合う機会をつくっていくことが必要 です。
ご参考までに、爵岡県立こども病院で行っている 説明を紹介しましょう。
| 1)ダウン症候群の染色体について |
ダウン症ではふつう21番目の(一番小さい)染 色体が1個多く、全部で3個になっています(21 トリソミー)。染色体は遺伝子のDNAを含んでい て、ふつうは−対(2個)の染色体で順調に働いて いるのが、遇剰の1個がじゃまをしたことで体の中 に働き方のうまくいかないところができたのです。過 剰染色体が遺伝によってできることはめったにあり ません。また、ダウン症の数%に『転座型』がみら れます。転座染色体は親から遺伝したものが一部に ありますが、その遺伝は誰の責任でもありません。 染色体異常は誰にでもおこる可能性がありますし、 その原因に責任をもつという大それたことは人間ご ときにできることではないのです。なかには『モザ イク型』といって21トリソミーをもつ細胞と正常 細胞が体の中で人り交じっているタイプもあります。 このときには発達の遅れが軽くなることもあります。 だからといって個性を忘れて学業をあおるようなこ とになると、かえって能力が発揮できなくなってし まうので注意が必要です。
染色体異常があると、多くは流産して出産に行き 着かないのです。『生まれてきた』ということは、 淘汰を乗り越えたということなのです。それは、特 別生命力があり、両親からよいものをたくさん受け ていて、お母さんのおなかの中の条件もよかったこ とをあらわしているのです。染色体に異常のある子 は誰にも生まれる可能性があるのですから、その家 族だけの負担にならないよう社会の皆で支えていく こと、そして、自分のところに生まれても困らない ように支え合うのが本当の福祉なのです。
| 2)発達について |
ダウン症では過剰の21番染色体以外は、まった く正常なのがふつうです。何もかも異常な子ではあ りません。発達は緩やかで合併症はありますが、ほ とんどの合併症は治療ができます。特別な存在と 決めつけたら、余計な障害もつくられてしまいます。 『普通の社会で普通に育てるほうがよい』という意 味は、そういうことなのです。ただし、この子たち の『ゆっくり育つ』特性を忘れてはなりません。と くに不得意なことには時間がかかるものです。焦っ てよいことは一つもありません。
| 3)『健常な面』が伸びる育児環境を |
子どもは誰も発達する力を秘めています。大人は 子どもを無理に伸ばすことはできませんが、伸びや すいような育児環境づくりをする努めがあります。 その環境とは特別なものでなく、子どもが生きてい く基礎となる感覚や感性を身につけられる、普通の 自然な環境なのです。その子のペースに合って、人 と人が豊かに関わっていける環境が最良なのです。
| 4)療育訓練の意味 |
療育とは、子どもが健全に育つための援助の一つ で、その目標は、社会の中でできるだけ自分で考え 状況判断する力、生活していける力を身につけるこ とです。療育の基礎には親ごさんの安定した情緒が 必要ですので、心が忘れられるような訓練はとても お奨めできません。社会で生活するには知能より知 恵が大切ですから、援助もそれを目的 に、暦年齢を 考えて過剰な関わりにならないよう注意が必要です。 保護と過保護は全く違うものです。
リハビリは薬と同じように、治療として行われる ものです。それはたとえば低緊張に対して早期に正 しい姿勢を教えたり靴を工夫するというように、目 標をはっきりさせて専門家が適切な治療法を決めて いくものです。毎日の生活のなかでは、子どもた ちにとって栄養のある食事と同じように、−番大切 なものは『豊かな遊び』でしょう。とくに赤ちゃん のときにしてほしいことは、目を見つめ合って話し かけることと、離乳食を正しくあたえることです。
ダウン症の赤ちゃんは、口の中の低緊張と運動発達 の遅れのため口が閉じにくく舌が前後に大きく動い てしまい、離乳食も舌で押し出しやすいので、つい スプーンを口の奥に押しこみ流しこんであたえがち です。これでは丸飲みになりやすく、唇や口の中の 機能もよく発達できません。離乳をはじめる時期は 普通と同じでいいのですが、スプーンをまっすぐに して唇のところにおき、自分の唇で食べものをとり、 口の中でゆっくりモクモグしてから飲みこむという、 正しい動きができるような食べさせ方をいつもし ていくと、知らないうちに上手に食べられるように なります。
| 5)健康管理・合併症の治療・予防接種など |
医学書などをみると多くの合併症が書いてありま すが、それがすベてあったら生まれてくることはで きません。でもこれから合併症がでるかどうかは誰 もわからないことですので、ふだんと様子が違うと きはすぐに、かかりつけの医師に連絡してください。
もし合併症があっても早期にみつけてもらえるよう、 元気でも定期的に診察を受けることをお奨めします。
「もともとの病気(ダウン症)は治らないし、治 療は合併症だけの対症療法だから」と悲観的になる ことはありません。そもそもどんな病気も対症的に 治療されているのです。それに合併症があると持ち まえの能力も阻害されやすいので、障害の悪化を防 ぐためにも積極的な治療は必要なのです。
予防接種も忘れないように。体の大きさと予防接 種の副作用は関係がないので心配はいりません。
診療をする医師は、遠くの『有名な偉い先生』よ りも、できるだけ『近くの親切な良医』を見つけた ほうがよいでしょう。それも困ったときだけ飛びこ むのでなく、ふだんのようすを知ってもらっておく ほうが適切な助言が受けられるでしょうし、いざと いうときも早く正しい対処をしてもらえます。
ダウン症の子の合併症の治療は特別でも難しいわ けでもなく、子どもを専門に診療している医師であ ればできるはずです。もしもその病院では治療が難 しい場合には、それぞれの専門医に紹介してくれる でしょう。医師にもそれぞれ役割があるのです。 専門家は、それほど問題とは思わずに状態を軽く 口にすることがありますが、それに遇剰に反応する と、本当は大したことでなくとも心配のほうが大き くなります。何でも尋ねて気持を伝え、そのつど誤 解をといておきましょう。
寿命は昔よりはるかに延びています。平均余命 50歳と言われますが、これは一部生命力が特別弱 くて短命の子がいるために引き下げられているので す。ふつうでもその人の寿命を言い当てることはで きないでしょう。寿命を不安に思って過ごすよりも、 その日その日を確かに生きていくことが一番ではな いでしょうか。
| 6)関連書やインターネットなどでの過剰情報に注意 |
今は情報があふれていますが、本当に使えるものは 少しです。情報は、子どもを暖かく見守り十分に ふれあって初めて、上手に選んで有効に使えるので す。また、家族の見方が、役割が違う医師などの専 門家の見方と全く同じになっては、子どもの全体の 姿が見えなくなってしまうでしょう。子どもとの共 感がないまま得た情報はうまく使えないので、もっ とよい情報がないかと探していき、結局は不安が不 安を呼んだり、情報収集の面白さにのめり込んで子 どもがどこかに行ってしまうということにもなりか ねません。ただし、親ごさんだけではわかりにくい ところもありますので、子どもを続けてみてくれて いる主治医や相談員、保健婦といった専門職の人と、 子どものようすを話し合うことも大事です。それに よって見方も広がりますし、適切に判断する力も養 われるでしょう。
| 7)まがいものの治療・療法や療育にご用心 |
この治療で発達が伸びる、これを食べれば体力が つく、○○法でIQが上がる、などという宣伝のな かには眉睡ものの治療・療育も少なくありません。 本当に子どものためなのか判断が必要です。それを 見極めるコツを考えてみましょう。たとえば、
など。親はとにかく発達を伸ばそう、普通に近づけ ようと焦りがちですが、それが怪しげな商法のワナ をまねきやすくなります。子どもたちが発達するの に必要な時間はそれぞれ違うのです。ダウン症の子 ではふつうより発達に必要な時間が長いのです。そ れをしっかりわかってあげないとならないのです。 親ごさんこそ、わが子の本当の専門家なのですから. 人に頼りすぎず、もっと自信をもってください。そ れには子どものありのままの姿を暖かい目で見守っ て、過小評価も過大評価もせす、本人にいろばん合 った関わりを知ることです。そのためには一人で悩 まないで、保健所での集い・おもちゃ図書館・母子 通園など、親ごさんを支え子どもが遊びに親しめる 場に参加して、同じ立場の人たちと話すほうがよい のです。そこで人間どうしの信頼関係もつくられ、 親子でコミュニケーションの力を高めてもいけるで しょうし、支えられ、悩んでいるのは自分一人では ないということがわかることで、地域社会に入るの が心配な方も勇気が出てくるでしょう。親子の集い では、わが子を他の子とつい比べてしまうかもしれ ませんが、より早くより多く出来たかどうかを単純 に比較するのでなく、わが子を理解するために個性 を見比べるのであれば、悪いことではありません。
| 8)「健常」のきょうだいを忘れずに |
きょうだいは健常児だから大丈夫と放っていませ んか。また、入院が多いと親ごさんのゆとりもなく なりがちです。しかしきょうだいも親から目を向け てほしい、小さなことでも認めてほしいという気持 に変わりはありません。きょうだいは障害があって も特別ではなく平等だと思っていますし、それがと ても大切なことなのです。たいへんでしょうが、健 常なきょうだいも大事にして、少しの時間でも話を 聞いたり、−緒に買い物に行ったりしてください。 そうすれば病気の子にとっても自分が家庭の一員で あり、世界の中心ではないことがわかり、わがまま にもならないですみます。かえって親ごさんは楽に なれるでしょうし、きょうだいがいてよかったと改 めて感じられることでしょう。
| 9)福祉など社会の資源を再効に活用して |
病気や障害をもつことは誰にでもありえます。そ のときに困らないように、福祉はあるのです。親の 会などの相互支援の活動もいろいろあります。子ど もが親だけで育てられるはずはありません。いろい ろな人とふれ合うからこそ社会のなかで生活できる ようになるのです。これは地域によって違いがあり ますから、病院・保健所・役所・福祉センターなど で聞いてみたり、親の会の人に教えてもらいましょ う。
| 10)親の会への参加について |
ダウン症の子の親の会には、全国規模の日本ダウ ン症協会(JDS:tel 03−3369−3462)と、各地域 の会とがあります。インターネットを使った日本ダ ウン症ネットワーク(JDSN http://infofarm.cc.affrc.go.jp/~momotani/dowj1.html)もあります。 では、親の会に期待するものは何でしょうか。診 断した医師は医学や医療からみたダウン症候群は知 っていても、親ごさんの本当の気持を知ることはで きませんし、ダウン症の子どもや成人の具体的な生 活のようすも知らないでしょう。親の会でまず得ら れるものは、他の人にはわからない悩みを話すこと による同じ立場の人たちとの共感でしょう。それに よって辛い気持からの立ち直りも早くなります。そ して互いに助け合い、子育てや生活のヒントを学び 合うことができます。人に助けられることの大切さ を知って心も柔らかくなりますし、逆に自分よりた いへんな思いをしている人(たとえそれが健常とい われる子でも)への支援に広がればボランティア活 動にもつながっていきます。
全国的な会と各地の親の会とは、「子どもたちが よりよく生きられるようにする」という究極の日標 では一致していますが、地域の範囲の大きさや地域 の特性で役割に少し違いがあります。
子どもを本当に愛し受けとめる「受容」の時期は 早くても2年ぐらいはかかるものですが、時間をか ければ誰でも受容に行きつくものです。受容できな いと一人で悩むことなく、いろいろな人と話をして、 気持を聞いてみるとよいでしょう。
心理相談員をしているあるお母さんが「悩みを話 せるようになったら心配ないけれど、“できる””で きない”にこだわっているうちは心配」と言ってお られました。ふつうでも子育てに悩みはつきもので す。自分の心に蓋をして隠してしまっては心身とも によくありません。思い切って心を打ち明けられる 友達を作ることです。これは親の会の大きな目的で もあります。
どんな障害があっても、その子の人格は尊重され るべきです。それには、人と人との共感と信頼関係 が欠かせません。それが親子でもお互いの関係の基 本的姿勢なのです。いつもその子育ての基本に思い をいたらせるならば、ダウン症の子を育てることも 難しいことではないのです。
このメッセージを作るにあたって、多くのダウン 症親の会やダウン症の子の医療・療育の専門家の 方々に読んでいただき、共感と助言をいただきまし た。謝辞を心から申し述べます。